11/27『反省を活かせない』
今週の空日記へ

他人と比べて優劣をつけても仕方がないし、比較し続けてもきりがない

物事を比較する人

どうも、あみさかです

僕は、一般的に見て人よりも劣っている人間だと思われます。

大学を中退し、収入を得ることが見込めないブログを専業で書き続けています。

どこかの企業の正社員になる将来性もありませんし、現時点では地位もお金も何もありません。

 

僕よりも下にいる人はほとんどいないでしょう。

勉学に励む学生、または一定の収入があれば僕よりも優れているという判断ができます。

比較する・他人と比べるとはそういうことです。

 

僕の場合、自分より劣っている人を探してもほとんどいません。

下を見たところで、比較して甘んじることはできません。

もし自分より下の人を見つけたところで、その人よりも優れているからこのままの状態で良いと判断することはできません。

 

だからと言って、上を見ても向上心が起きるわけではありません。

自分よりも優秀な人と比べてその人を追い抜かすことができたとしても、その上に優れた人はいくらでもいます。

自分と他人と比べてもきりがありません。

世界に目を広げれば、いくらでも優秀な人は現れます。

 

それに、みんな目指している場所は違います。

一概に「優れた人」と言っても、目指している方向が違っていればどちらが優れているかどうかなんて判断できません

 

小学生と大学生を比べたら蓄えている知識が違いますし、そのときから就職までの残されている時間も全く違います。

芸術作品を制作している人とスポーツ選手を比べても、それぞれが社会に与える影響は違いますし努力の方向性は全く違います。

他人と比べて優れているかどうかなんて全くあてになりません。

 

誰かと比べるということは意味がありません。

自分と比較していた相手を抜かしたところで何かを成し遂げたわけではありません。

それよりも上を目指すというのであれば、また比較する相手を見つけて自分を劣った存在にしなければいけません

 

結局は自分との戦いです。

自分の限界を決めるのは自分ですし、目標を決めるのも自分自身です。

どこかで目途を決めることによって、達成感や満足感を味わうことができます。

一生誰かと比較をし続けて、自分を劣った存在だと思い込んだまま生きていては満足のできない人生で終わってしまいます。

 

いくらでも上には上がいるため、延々と目標は上がり続けます。トップになれる人間は1人しかいません。

僕自身も自分のゴールを見失っていました。

世間や周りに流されて「どれくらいの期間でどこまで成長しなくてはいけない」という一般論を目標に努力をしていました。

 

ただ、何事においても平均的な人間が優秀な人間というわけではありません

自分でゴールを作って、その目標を達成することで優れた人間に変わっていきます。

その基準が自分で決めたものだとしても、自分自身が満足できるものであれば達成感が生まれます。

 

しっかりと自分の目標を持って、その目標を一つずつ達成することで自分の存在意義を見い出すことができるはずです。

正しい目標を設定すること、その目標を達成することで優秀な人かどうかを判断することになります。

 

他人と比べてしまう時点で、もう他人よりも劣ってしまっているのかもしれません。

 

それでは、今日がかけがえのない日となりますように…

 

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