1分1秒に命を燃やしています!
どうも、あみさかです
今日、ふと疑問に思ったことがありました。
「1日は何秒あるんだろう?」ということです。
「そして、その1日を有意義に使うためにはどうすればいいのだろう?」
というわけで、今日は時間の使い方について少し考えてみます。
1日を秒に換算すると86400秒もある
1日は24時間。
「秒」に表記を変えると86400秒になります。
86400秒と言われてもピンときませんよね。
数えることができそうですが、実際に数えてみると途方もなく感じてしまいます。
「この限られた86400秒をどう使って過ごしていくか?」
というのが人生というものなのでしょう。
時間の感じ方はみな違うため平等ではない
「時間はだれにとっても平等」ということはよく聞きますよね。
ですが、子供は時間を長く感じる。
大人は時間が長く感じるというように、時間の感じ方は人によって違います。
それは、
- 感受性の高さ
- 仕事の内容
- 好きなことをしているか、好きでないことをしているか?
などに影響されます。
それに、食事の時間だって人によって違いますし、睡眠の時間も人によって必要な時間は変わってきます。
体が必要としている睡眠時間は人によって違うのに、平等なんて言えません。
成功者にはショートスリーパーが比較的多いということがそれを物語っています。
生産性のない時間をなくしてはいけない
その限られた時間を目一杯生かそうと、細かくスケジュールを管理して少しも無駄な時間を過ごさないようにしている人も多いのではないでしょうか?
「生産性のない時間を生み出さないように…」
でも、それは本当に有益なのでしょうか?
時短を突き詰めてしまうと、本当に「自由」と言える時間を失うことになります。
何も生み出さない「ぼーっとする時間」があったってもいいじゃないですか。
意味のない時間の使い方をしたっていいじゃないですか。
全ての物事に意味付けをしていたら、寄り道の出来ない人生で終わってしまいます。
旅行の時や出かけた時の帰り道のように、その時の気持ちで寄り道をしてみた方が楽しくなりますし、新しい発見をすることもできますね。
終わりに「有意義に時間を使うには少しくらい無駄があっても」
僕は小さい頃、あまり寄り道をするような人ではありませんでした。
「用事が無ければまっすぐ進む」
寄り道する時間はもったいないと考えていました。
しかし、大学に入ったタイミングでブログに出会いました。
急に始めた寄り道が楽しくなりすぎてしまって、大学を辞めてしまいました。
もし、僕が高校生の時にブログを見つけていれば全く違う人生を送っていたことでしょう。
自分の人生には全く利益のないことだと割り切って、それを「時間の無駄遣い」としてしまったら世界はどんどん狭くなってしまいます。
自分の人生に必要がないと思っても、少しぐらい時間の無駄遣いをしてみましょう。
物事を様々な観点から見ることができるようになり、視野を広げるチャンスです。
86400秒を有意義に使うためには、少しの無駄遣いをするぐらいがちょうど良いのではないかと僕は考えます。
それでは、今日がかけがえのない日となりますように…
コメント