さよなら無気力な日々よ

無気力→活動的へ、自由気ままに書くブログ

人を待たせることに強い抵抗がある。「待つことは嫌じゃない、いくらでも人を待てる」 

ブログに命を燃やしています!

どうも、あみさかです

 

突然ですが皆さんは、

  • 人を待たせる派
  • 人を待つ派

のどちらですか?

 

僕は「人を待つ派」の人間です。

 

というわけで今回は「人を待つ」ということについて話をします。

 

 

「人を待たせる」ことへの抵抗

僕は人を待たせるのがとても嫌いです。

絶対に待たせたくありません。

 

予定していた時間より前に集合場所に到着したとしても、先に相手がその場所に着いていたら罪悪感を感じてしまいます。

 

集合時間より前についていることは当たり前のことですが、誰よりも余裕を持って家を出ることを心がけています。

 

そんな僕からしたら、人を平気で待たせることができる人を羨ましく思います。

「早く出なきゃいけない」という思いが常にあるので難しいですが、人を待たせてみたいです。

 

「人を待つ」のは嫌じゃない

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僕は人を待つのは嫌ではありません。

ただ、予定が崩れない程度にはして欲しいですがイライラしたりは無いです。

 

僕の中では「人を待つのは当たり前」という考えが定着しています。

なぜなら、僕が仲良くなる人は決まって「時間にルーズな人」だからです。

 

学校に行くにしろ、遊ぶにしろ、予定時刻のギリギリか遅刻の2択しかありません。

そのため、元々時間通りに来ることはないと考えています。

他人に期待しすぎるのは良くないですからね。

 

小学生の頃は携帯電話を持っていなかったので連絡を取ることもできず、いつも待たされていました。

 

1,2時間程度であれば全然待てます。

それ以上となると、そもそも来ないパターンもあるので臨機応変に対応するようにはしています。

 

なぜか分かりませんが、遅刻癖のある人と仲良くなってしまいます。

もしかしたら、無意識に時間のルーズな人を選んでしまっているのかもしれません。

 

でも、行列に並ぶということはほとんどしない

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ただ、待てないものもあります。

それは「行列」です。

 

そもそも人混みが嫌いなので、ほとんど行列を見ることもありません。

 

「なぜ行列に並ぶのか?」

僕には理解できません。

 

食べ物を食べに行くのであれば、空いているお店に行けばいいと思ってしまいます。

 

ただ、唯一僕が並ぶことの出来る行列があります。

それは「野球のチケットを引き換える時」などです。

 

球場で試合を見るのであれば、全く並ばないで入ることはできないです。

野球のためであれば並ぶこともできます。

 

インスタに命を懸けている人は、並んででもインスタ映えする写真を撮るみたいなので、そう考えると納得できないことはなかったです。

 

終わりに

「人を待つ」ということは非生産的な時間を過ごすことになります。

 

しかし、「人を待つ人」が居れば「人を待たせる人」もいます。

 

そう考えると「人を待つ人」が一方的に損をしているように感じますが、みんなが待たせる側になってしまうと、どんどん時間にルーズになっていってしまいます。

 

他人は時間通りに来ると思ってはいけません。

基本的に遅れてくると考えていた方が、無駄にストレスを溜めずに生活できます。

 

他人に期待せず、自分に期待するようにしましょう。

 

それでは、今日がかけがえのない日となりますように...